革新的ビジネスが社会課題を解決する人々のインフラになる Q0トークイベント Vol.3 第1部「Leaps〜地方の現状と革新〜」レポート

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「地方と都市の“あいだ”」へと眼差しを向け、環境やサステナビリティをはじめとする社会の諸課題解決への糸口を探るQ0のトークイベントシリーズも、このVol.3で今年度は最終回となりました。

第1部のテーマは「Leaps〜地方の現状と革新〜」です。生活協同組合コープさっぽろ(以下、コープさっぽろ)理事長の大見 英明さんを迎え、コープさっぽろのアドバイザーでもある入山 章栄さん(早稲田大学大学院経営管理研究科、早稲田大学ビジネススクール 教授)、林 千晶がコープさっぽろの取り組みについてお聞きしました。

執筆:吉澤 瑠美

生産から流通まで自社で請け負い、高い経常剰余率を生むコープさっぽろ

コープさっぽろは、北海道全域を対象に事業を展開する生活協同組合です。組合員の総数は約200万人にのぼり、北海道の8割以上の世帯が加入している計算になります。「北海道で生きることを誇りと喜びにする」という理念に基づき、北海道の食のインフラとなって地域の社会課題を解決すべく、さまざまな独自の事業を行っています。

コープさっぽろの最大の特徴は、生産から流通まですべてを自社で請け負うバーティカルインテグレーション体制です。独自の物流体制を構築し、道内52箇所の物流拠点から店舗への商品配送だけでなく、離島を含む47万世帯にも毎週配送を行っています。

また、地域の過疎化によって買い物難民だけでなく調理のできない高齢者が孤立することを懸念し、コープさっぽろは2010年から配食事業を開始。現在、配食システムは自社サービスとしてだけでなく、学校給食にも応用されています。過疎化、そして少子化により学校給食の運営が困難な自治体のために、3町村でスクールランチを支援しています。

この配食事業を実際に視察したという林は「温かいもの、冷たいものを分けて届けられるのが良い」とその品質に驚いたそう。加えて、手弁当によって露呈する社会的側面にも触れ、「みんなで一緒のものを食べることがいかに人と人をつなげるか実感した」とスクールランチの意義を改めて共有しました。

また、コープさっぽろでは何らかの障害を有する人が730名働いています。正規換算雇用率は7.36%にのぼり、売上1000億円以上の企業では日本一の雇用率です。大見さんは「健常者が多く働く環境に障害者が加わると、互いに思いやり合うチームになる」と気づいて以来、部署や役割を固めることなく、さまざまな部署で能力を活かした配属を行っていると語ります。

約15年の間にさまざまな事業を軌道に乗せる、そのスピードはどのように実現しているのでしょうか。大見さんは「新事業は6ヶ月、遅くとも9ヶ月で始めることにしている」と断言します。そのためには現場だけでなく、幹部の承認フローにもスピード感が求められます。コープさっぽろは役職者が少なく決裁の重層構造が最小限の組織体系になっていること、複数部署の兼任者が多く部署間の調整が省力化されていることが紹介されました。

加えて2020年からはDXに力を入れており、Slack上では現場で働く職員も含め毎日4000アカウントがやり取りを行っています。一連のDX推進によって事務職員の労働時間は1000時間削減されたそうで、「コミュニケーションスピードが格段に上がり、コスト削減につながっている」と大見さんは言います。

協同組合という仕組みが後押しした「社会性と経済性の両立」

大見さんのプレゼンテーションを受けて、入山さんは「社会性、経済性は多くの企業が抱える課題。社会性と経済性の両方をこれほど真剣に追求している企業はなかなかない。コープさっぽろは民間企業でありながらリアルな社会インフラになりつつある」とコープさっぽろの取り組みを称賛しました。

なぜこのようなことができるのかと尋ねると、大見さんは「協同組合」という組織の特性を答えに挙げました。一般的な株式会社は顧客、従業員、株主、地域社会が別のステークホルダーであることが多く、目指すところがばらばらです。コープさっぽろは組合員が出資者であり、地域社会と直結した顧客でもあるため、北海道の社会問題を解決することがビジネスにも結びつくというわけです。

北海道内に点在する限界集落では、スーパーマーケットや商店の撤退はライフラインの損失と言っても過言ではありません。そうした地域にも、たとえ利益が見込めなくともコープさっぽろは出店します。大見さんは「限界集落では、我々がいなくなったら誰もいなくなる。我々がやるしかないんです」と強い意志を示しました。

さまざまな取り組みに一貫したコープさっぽろの姿勢と思いは、地域にも浸透していることがうかがえます。物流業者の買収や自治体との連携が次々と実現しているのは「『コープさんなら良い仕事をしてくれる』『気持ち良く譲れる』と思うから優れたパートナー企業が集まってくる」と入山さんは推測します。

これだけ高確率で成果を挙げているのは北海道という土地が特殊だからではないか、と考えたくもなりますが、「北海道じゃないとできない事業というわけではない」と大見さんは否定します。林は商圏が独立していることを指摘し、「再投資する先が他地域ではなく北海道内。その制約条件があるからよりクリエイティブな活動ができるのでは」とコメントしました。

教育・医療分野にも参入!コープさっぽろのある未来は明るい

最後に大見さんは、「2024〜25年にかけて教育・医療分野への参入を考えている」と展望を示しました。2023年10月にはヤマガタデザインとの業務提携を発表、2〜3年をかけて道内30箇所に学童保育のような施設を展開する予定です。「答えを教える教育ではなく、自分で考えて答えを見つける教育」を目指す、と大見さん。

また、健康診断事業への参入にも積極的です。北海道女性の健康診断受診率は27%と全国最下位レベルであることを受け、医師・看護師・レントゲン技師をコープさっぽろで採用。巡回健診事業の準備を進めています。「定期的に健康診断を受けていれば早期発見・早期治療によって医療費総額が減るだけでなく、血液データをID POSに紐づけることで生活習慣病の因子が出るはず」と大見さんは目論みます。診断結果はアプリに連動し、病院で医師にアプリを提示することでより正確でスムーズな診療を目指すとのこと。

これだけ多様な事業を説明しても、「(コープさっぽろの)事業の一部に過ぎない」と言う大見さん。夢物語のようですが、どの事業も短期間で確実に成果を挙げている「本当のこと」なのだから驚きです。現実を直視し、今すべきことを粛々と実行に移していく大見さんとコープさっぽろのお話を聞き、林は「縮小していく未来は必ずしも暗いことではなく、明るい希望が感じられた」と述べ、第1部を締めくくりました。

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