日本で最小規模の「松隈小水力発電所」。逆転の発想から生まれた「佐賀モデル」とは? / (前編)

Research#佐賀

これまで、100kWがボトムラインと言われてきた小水力発電。さらにその下を追求し実現させたのが “佐賀モデル”であり第一号の「松隈地域小水力発電所」です。30kWと小規模発電ながらもコストを抑え、小さな集落でも始めやすい事業を確立。毎年収益をあげています。

世に広く普及することを目的に始まったこの水力発電モデルは、いったいどんな経緯で生まれたのか? 実際に現地に向かい、松隈地域づくり株式会社 代表 多良正裕さん佐賀県 産業労働部再生可能エネルギー総括監 大野伸寛さんのお二人にお話を聞いてきました。

取材・執筆:甲斐かおり
撮影:山中慎太郎(Qsyum!)
編集:篠原繭(TISSUE Inc.)黒木りみ(9P)

どんな水力発電所か?

佐賀県の東部に位置する吉野ヶ里町、その北部に松隈地区はあります。2020年、ここに建設されたのが「松隈小水力発電所」です。

白いコンテナが発電所。内部には、水車や発電機がコンパクトに詰め込まれている

吉野ヶ里歴史公園より北へ車で約5分。急峻な山奥なわけでもなく、なだらかな緑の丘を上っていった道脇に、さりげなく建っていたのが白いコンテナ型の発電所。わずか3.6×2.5mの小さな設備です。

発電所の運営を担う「松隈地域づくり株式会社」の代表、多良正裕さんが、案内してくれました。

松隈地域づくり株式会社 代表 多良正裕さん

「発電所から取水口のある田手川まではおよそ500m。田手川は筑後川の支流の一つです。私たちの地区では毎秒200L(渇水期は150L)の水利権をもっていて、農業用水として利用してきました。高齢化で農家が減った今、この水を生かして最大出力30kW、平均23.5kWを発電しています」

発電所から緩やかな坂道を10分ほど登った先にある田手川。手前に伸びる用水路から農業用・発電用の水を取水する

取水口よりなだらかに下る道の下に埋設された専用パイプを通じて水が流れており、落差21.9mの高低差を利用して発電しています。30kWh(注1)は、大まかにいうと60世帯分の電力をまかなえる量です。
(注1:kWh=キロワットアワー。電気量を表す単位で、ここでは1時間あたり30kWの発電ができることを示す)

取水口から発電所をつなぐパイプが道の下(中央部分、コンクリートの色が異なる部分の地下)に通る

利益の見込み総額は、20年間で5000万円

発電した電気は、すぐ近くに立つ電柱から九州電力へ送電されます。売電価格は2020年から20年間、1kWhあたり37円(税込)。

「想定以上の成果が出ている」と多良さんが言うように、売電売上は年間見込み700万円を上回り、年約800万円を達成。2020年11月に運用開始してからこれまでの2年半で売電総額は1917万円になりました。

「松隈地域づくり株式会社」の利益は借入金や税金、積立金を差し引いて年約90万円。
加えて松隈地区には「水利権・用水路使用料」の100万円も入るため、合わせると年190万円が地区に入ります。

事業への直接的な助成金はなく、公的な投資は佐賀県による(事前の)河川の「可能性調査」の費用のみ。それ以外の費用は松隈地域づくり株式会社ですべて借り入れて賄い、返済しながら利益を上げています。

さらに、最初の10年間で、一部の借入の返済が終わると、後半の10年間は手元に残る利益が増え、年311万円が地区の収益になります。20年間の総額で考えると、約5000万円の純利益が得られるモデル。このお金は今後、集落の課題である高齢者の生活支援や、若い人たちと持続可能な地域をつくるための費用に充てられる予定です。

河川工学の知識と技術を結集した「佐賀モデル」

「佐賀モデル」の第一号となった「松隈小水力発電所」は、佐賀県庁、福岡に拠点を置く株式会社リバー・ヴィレッジ、佐賀県内の企業がタッグを組んで完成させた最小規模の小水力発電所です。設備もコンパクトで汎用化されており、工場で組み立ててトラックで運搬できる、比較的安価に設置できる設備として開発されました。

この水車・発電システムは工場で組み立てることができるため、設置工事のコストも抑えられる

取水口から発電設備までの間にも随所に優れた技術が組み込まれており、効率的な運営体制が実現しています。

たとえば、水路の途中にある分岐点「ヘッドタンク」では、落ち葉などのゴミを流水の力で取り除く構造になっており、人力はかかりません。株式会社リバー・ヴィレッジには河川工学に強いメンバーが揃っており、取水口付近に溜まりやすい土砂を水量の勢いを生かして流す水門も彼らのノウハウで実現しました。

分岐点にあるヘッドタンク。落ち葉などが一定量たまると自動的に水の流れを調整し、川に流す仕組み。
「落ち葉を取り除くために地区の者が出てくることは今までに一度もありません」と多良さん
取水口に土砂が溜まるたび、住民が集まりスコップで掻き出さなくてはいけなかったが、取り付けられた水門を開閉するだけで自然に流れる仕組みに

また、全設備の稼働状況がリアルタイムにオンラインで管理されており、関係5社が同じ画面を共有し、故障箇所はすぐわかるしくみ。不具合が生じればすぐに担当者が対応できる体制が整っています。

スマホからリアルタイムでその時の流量、発電量、累計などの数字が確認できる

なぜ最小規模の出力数を目指したか?

こうした技術を用いて、最小規模の小水力発電所を実現しようと考えたのは、なぜだったのでしょう。

従来の小水力発電所と比べて「ビジネス優位性をどうもたせるか?」が最大の課題だったと話すのは、佐賀県産業労働部再生可能エネルギー総括監の大野伸寛さんです。

佐賀県 産業労働部再生可能エネルギー総括監 大野伸寛さん

「佐賀県では、エネルギー政策を産業政策に位置付けています。目的は県内の事業の活性化。環境対策というより“産業政策”としての役割が大きいんです」

一般的に、環境やエネルギー政策は、都道府県により位置付けが三種類に分かれます。一つは県庁全般の統括部、たとえば「総合企画部」のような部署が担当する場合。二つ目は「環境部」や「環境エネルギー部」が担当するケース。そして三つ目が、「産業政策」「商工労働部」などにエネルギーを位置づけて産業政策としての施策を行う場合。佐賀県は三つ目に該当します。

「環境分野はこれから大きなマーケットになります。この分野で活躍できる企業が県内にできれば自治体への貢献も期待できる。目的は明確で、ビジネスなんです」

「松隈小水力発電所」は、そうした県の大きな方針を具現化した、一つの事業です。

同時にもしこのモデルがほかの地域へも広く普及すれば、環境面への貢献も大きくなります。県内だけでなく、ほかの地域でも導入しやすいモデルを生み出そうとする「佐賀モデル」の基本方針はこうして生まれました。

発電設備も汎用化したのがコスト削減の鍵

電力の出力数は小さくても、きちんと採算が取れて、収支バランスが見合うモデル。少しでも設置可能な場所が増えること。そこから「もっとも小さな規模の発電所」というコンセプトが生まれました。

「従来の小水力発電所では、最低100kWの出力がなければ採算が合わないのが常識でした。理由は、コストです。600~1,000万円程度かけて具体的に調査・分析してからでないと、発電に使えるかどうかが判断できない。結果だめだったところの調査コストも含めて回収するため、ある程度の規模が必要だったんです。

さらに川が持つポテンシャルを調査して何kWまで発電できるかを見積もった上で、上限目いっぱいの開発をしようと計画していたので、調査・分析した後でなければ投資判断が出来なかった」

そこで、大野さんたちは発想を変えて「出力規模を先に決め打ちする」ことを思いつきす。

「30kWなら30kW。それ以上出力できる川ならOKとすれば、高い費用をかけて調査しなくても、経験則のある人なら、川をみるだけでポテンシャルは判断できます。

発電出力が固定することで様々な設備のサイズや仕様を固定し、汎用的につくることができるようにしました。サイズが小さく形も決まっているので、工場で組み立てた後、トラックで運ぶだけで済み、施工コストが下げられます。

ただし、通常の小水力発電では利回り8%を求めるところ、佐賀モデルでは5%に抑えています」

第一号に松隈地区を選んだのは、川のポテンシャルがあったことに加えて、近くにすぐに使える電柱が立っていたこと、土木工事に大きなお金がかからないこと、そしてこれが何より大きかったのは、地区住民の熱意と積極的な協力でした。

発電所の真横にある電柱

この小水力発電モデルがもたらしたもの

これまでに開発したパッケージは十数台がすでに売れており、県内でも2箇所で検討が進んでいます。ただし県内の設置可能場所は、多くても10箇所ほどが限度なのだそう。

「地形、川の流量、雨量などから精査しますが、高低差の少ない佐賀では候補地が少ないんです。でも県外へ出れば、もっと活かせる場所がたくさんあります。この事業モデルの構築に県は約2000万円の資金を投じましたが、恐らく、すでに開発したパッケージが売れた分の税金で取り返せている。このモデルは間違いなく、採算がとれます。それで地域が元気になるなら、なおいいですよね」

大野さんは、18年前、今の部署の職に就いたとき、「何のためにこの仕事をするのか」を考え抜き、ある仮説を立てたと話します。

それは「2030年時点で、今までのようには石油が使えなくなる」というもの。そのリスクがあるなら、対策を考えるのが行政の仕事。石油以外の選択肢を増やしておいた方がいい。

2030年は7年先ですが、2023年現在、ロシア・ウクライナの戦争など世界情勢は大きく変化し、以前に比べてすでに石油が調達しにくい状況になっているのは明らかです。

「佐賀モデル」は、「石油以外の選択肢」として一つの答えを示しているのかもしれません。さらに一設備の発電量は少なくても、売電収入が各地の活力源になるのであれば、地域に及ぼす影響は大きい。これからさまざまな試行錯誤が生まれる環境・エネルギー分野における、新しい取り組みの一つです。

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