前回の記事(日本で最小規模の「松隈小水力発電所」。逆転の発想から生まれた「佐賀モデル」とは?)で、最小規模で小水力発電を行う佐賀モデルとその第一号「松隈小水力発電所」をご紹介しました。じつは松隈では、住民全40世帯が株主となり会社を設立して発電事業を運営しています。小さな集落で6000万円の借金をして新事業に取り組むという障壁をどう乗り越えたのか?「松隈地域づくり株式会社」の代表多良正裕さんと、地区住民の方々に伺いました。
取材・執筆:甲斐かおり
撮影:山中慎太郎(Qsyum!)
編集:篠原繭(TISSUE Inc.)黒木りみ(9P)
集落全戸が株主となり、株式会社を設立
佐賀県吉野ヶ里町松隈地区は、世帯数40戸、人口116人が暮らす小さな集落です。住民全40世帯で「松隈地域づくり株式会社」を設立し、2020年より小水力発電の運営を始めました。最大発電量は30kWで、年800万円以上の売上を上げています。
株式会社代表の多良正裕さんは話します。
「松隈地区は高齢化率42%で、5年、10年先を考えると支援の必要な世帯が増えています。お年寄りの生活支援も必要ですし、耕作放棄地が目立ち、農地や水路の維持管理など、さまざまな課題への対策が必要です。
そのためには財源が必要。年100〜200万円でも、うちのような小さな集落には貴重な財源になります」
一時的な助成金ではなく、安定的に地域にお金が入る小水力発電所は、松隈地区にとって魅力でした。
6000万円を借り入れしてでも始める
松隈地区にはちょうど100年前に水力発電所「松隈発電所」が設立され、小水力発電には縁のある地区でした。すでに1960年代には閉鎖されましたが「この地域で新しい財源をつくるとしたら、小水力発電しかないと思っていた」と多良さんは言います。
多良さんは、2014年から2018年まで吉野ヶ里町の町長だった方で、松隈地区を持続可能な地域として維持するため新しい財源になるものを探していました。アンテナを張るなかで、2018年、佐賀県が「松隈地区を小水力発電モデル開発の候補地」としたことを知ります。
「佐賀県と九大卒の研究者のバックアップがあって、事前調査まで県が負担してくれる。このチャンスを逃すのはもったいないと思いました。実証実験する段階に入り、地形や河川のポテンシャルから検討した結果、うちの地区も候補地に選んでいただいたわけです」
多良さんの熱意ある説得に地区住民も心を動かされ「お前がそこまで言うなら応援しよう」という雰囲気になっていったのだとか。
「県のモデルは約5000〜6000万円の事業費で抑えることができるように考えられていました。発電量70kW〜100kW規模では、1億2億の投資が必要で、うちのような小さな集落ではそんなにかけられない。
30kW発電なら、収益は年100〜200万円ほどですが、小さな地区にとっては大きい。アイディアと行動次第で、効果は何倍にもなります」
必要経費の8割4700万円は「日本政策金融公庫佐賀支店」から無担保で融資を受け、残りの2割1200万円は松隈地区の貯蓄分から借入をしました。
農業振興目的の融資であるため、地区の40世帯のうち農家20戸は一戸につき5000円、非農家は4000円ずつの出資を負担し、資本金は18万円です。
地区の人たちはどのように受け止めた?
当初の地域の人たちの反応はどうだったのでしょう。
「はじめはよくわからなくて。どんなことが始まるんだろうなと思っていました。でも熱心に説明してくださるから悪いことにはならないだろうと思って」と話すのは、老人クラブ会長の有馬清子さん。
副区長の寺崎三善(みよし)さんは、冗談めかしてこう言います。
「先導(多良さん)が突っ走っていくからですね、みんなついていくのに必死で(笑)」
株式会社の役員の一人、前浜守人さんはこう補足しました。
「はじめは若い現役世代が役員をした方がいいって話してたんだけど、どうしても本業があってほかの会社の役員を掛け持つのは都合悪いということで、最初の5年は年寄りで役員をすることになりました。
もちろん、最初からみんながみんな大賛成やったわけではないです。心配する声もあって。もし災害で発電所がダメになったらうちの財産まで全部取られるんじゃないかとか、やめといた方がいいんじゃないかという慎重派もいました。でも株式会社ってのはそういうものじゃありませんよって説明して。災害時の保険もかけてますし、最悪の場合でも、出資した4000円か5000円が戻ってこないだけですよって。何度も説明会を重ねて、個人的にも説得をして全世帯の賛成を得ました」
株式会社の役割はお金の調達で、何にどう使うか?は区長をトップとする「松隈地区」で決める、と組織の役割をはっきりさせました。
「会社で個人配当はしないと規約に入れています。その代わり、得た収益金は地区の課題解決にすべて使いますという方針です。会社にお金を貯め込んでも仕方ないので、地区のために有効なお金はどんどん使いましょうということです」(多良さん)
充実し始めた高齢者支援サービス
地区の人たちが、身をもって発電所の成果を感じるようになったのは、収益が地区に入り始めてからのことです。
まず従来は一世帯1万2000円負担していた地区運営費が1万円に下げられました。さらには地区の草刈りなど日当3000円だった公役賃金が、倍の7000円(半日で3500円)に。
「金額以外で変わったのは、杖をついた年配者でも出てきてもらえれば公役費を支払うようにした点です。お年寄りは簡単な草むしりでもいいから、おしゃべりしながら元気な顔を見せてくれればそれでいいよと。お茶やビールも配布するようにして。助成金でやってるわけではないので、地区でいいと判断したことには自由にお金が使えます」
これは高齢者が自宅にひきこもらず、少しでも外に出て人と話す機会をつくろうとする孤立化対策の一つでもあります。
さらに「デマンドタクシー」を使用する際の補助を開始。車もない、買い物に連れていってくれる家族もない一人暮らしの独居の3世帯には、週1回、町営のデマンドタクシー往復分の600円(年52週で31200円分)の補助を始めました。
また「みんなの食堂」として料理教室を開催。「男でも酒の肴くらい自分で調理できるようになろう」と講習を行ったり、今後は月に1〜2回ほど、数百円の会費で参加できるように考えています。
ほかにも、以下さまざまな高齢者向けの生活支援のサービスを目下、検討中。
「温もりカフェ」と称して、学習会や健康体操を開催する予定。
「松隈お助け隊」として住民が住民を支える組織をつくり、電球の取り替えや重い物を運ぶなど、ちょっとしたお手伝いを30分500円で依頼できるようにしたり、農機具や自動車を地区で用意し、貸し出したりシェアリングできるサービスも検討中。
また農地の維持管理に向けて、地区外の人も対象に「松隈の里山守り隊」を編成し、ハチミツやメンマを特産品にすることや、オーナー制度で楽しみながら畑作業をやってもらうなどの取り組みも考えています。
地区はどのように変わったか?
「周りを見ていると、おばあちゃんたちが草刈りに一緒に行こうかって誘い合わせて出てきたり。楽しそうなんですよね」とは、老人クラブ副会長の矢野ひろ子さん。
区長の竹下儀彦さんも、デマンドタクシーのお金をお年寄りの家に持っていくと「うわぁ〜よかった〜〜」と声をあげて喜んでもらったと話します。
やっと最近、発電事業で安定して収入が得られることがわかったため、具体的にどう使っていくかを検討している段階。アンケートを取ったり、老人クラブを通して高齢者の要望を聞くなどの調査から始めています。
金銭面だけでなく、発電所の一つの大きな成果は、地区の長年の悩みが解決したことでした。松隈ではこれまで、農業用水として利用していた水路の管理にずいぶん悩まされてきました。土砂が溜まるたびに住民が道なき道を通って掻き出しに行かなければならず、大雨の時には区長が危険を承知で水門を閉じに行くなど。それが小水力発電設備を設置したのと同時に、取水口まで車の通るコンクリートの道が整備され、水路も蓋がされて管理も掃除もぐっと楽になったのです。
そして何より大きいのは、地区で前向きに持続可能な地域づくりを考えられるようになったことだと多良さんは話します。
「これまでのように節約節約だけじゃなくて、どうすれば自分たちの暮らしがよりよくなるかを前向きな発想で、アイディアを出しながら考えられるようになりました。前半の10年間は高齢者支援として使って、後半の10年間は今の40代以降の若い世代に渡そうと考えています。若い人たちがどんなことを望むのか。地区の将来のために考えてもらうのがいいと思っています」
松隈地区の成功で全国から注目されるモデルに
こうして発電事業で得た利益が地区に還元され始め、松隈水力発電所のモデルは環境対策や地域づくりの先進事例として、全国から注目されています。
視察も年に100件以上。2021年には佐賀さいこう「自発の地域づくり部門」で佐賀県知事に表彰され、2022年には「脱炭素チャレンジカップ2022」で、全国284団体の中から環境大臣賞グランプリに選ばれました。
松隈小水力発電所の成功の背景には、もちろん県が率いた佐賀モデルがあることは否めません。ですが一方で、松隈地区の住民同士の信頼関係がこの結果を生んだとも言えるでしょう。もともとしっかりした人間関係があったからこそ、住民一丸となってリスクを取り、新しい事業に挑戦することができた。これから生活支援などのサービスがより充実し、新しい施策を始める松隈の将来に期待が寄せられます。