ありのままの地域を見つめ、縮小する地方社会の持続可能性を探る
Q0トークイベント Vol. 2「持続可能性 つまり循環、継ぐ、繋ぐ」レポート

Event Report#イベントレポート

持続可能性、という言葉が社会で語られるようになり久しいですが、それは地域づくりにも当てはまります。少子高齢化に加え、東京への人口集中によって、地方の過疎は急速に進んでいます。これから地方社会はどのような道を歩み、そこに持続可能性を見出すことはできるのでしょうか。

2023年9月6日、Q0トークイベント「持続可能性 つまり循環、継ぐ、繋ぐ」を開催しました。登壇者には熊本県水俣市を拠点に「地元学ネットワーク」を主宰する吉本 哲郎さん、秋田国際教養大学で准教授を務める工藤 尚悟さんを迎え、地域づくりの現実的な持続可能性について、アイデアと思いを語っていただきました。

執筆:吉澤 瑠美

ないものねだりではなく、あるものさがしで地元を見つめ直す「地元学」

吉本さんは、故郷の熊本県水俣市で「地元学ネットワーク」を主宰されています。「地元学」とは、地元にあるものに改めて目を向け、得た気づきや感想から自分なりの考え方・価値観を育む取り組みです。これを吉本さんは「自分育てのお手伝い」と表現します。

吉本さんは水俣市で生まれ育ち、市役所職員として約20年勤めました。1956年に水俣病が確認されて以来、水俣市には多くの学者や研究者が訪れましたが、だからといって地元に知識や情報が勝手に蓄積されるようなことはありませんでした。吉本さんは「外に出て、人に出会って自ら学ぶことが重要」ということを痛感しました。

そこで吉本さんが始めたのが地元学です。風評被害や差別に苦しむ水俣の人々自身が「ないものねだり」ではなく地域にある山や川、神社などを調べ絵地図に描き出す「あるものさがし」を始めることで、地域の価値を再認識し地域活性に繋がる機動力を生み出そうという試みでした。この活動は水俣だけでなく岩手や三重、国内外へと形を変えながら広がっていきました。

調べ、考え、自分なりのやり方を見つける。この哲学にも通じる技法によって、自分が住んでいる土地の個性を一人ひとりが説明できるようになることの大切さを吉本さんは強調します。ポイントは、目の前のものを俯瞰的に見つめること。「近くをぐっと見るのも大事だけど、引いて鳥の眼差しで見るのも大事」と語りました。

最後に、吉本さんの紹介によって北海道白老町へ移住した林 啓介さんに映像を繋ぎ、当事者としてのお話を伺いました。林さんは5年前に地域おこし協力隊として白老町に移住し、地域食堂「グランマ」の運営に参画しました。グランマは2008年にオープンした地元の高齢者の方々が働く地域食堂ですが、林さんが運営に携わるようになってからは宿泊施設やシェアオフィスなど事業の領域を広げ、世代を超えた交流の場になっています。

白老町で暮らすなかで林さんが気づいたのは、地域の人々との交流や繋がりがそのまま経済になっているということです。「なにか新しいことをするのではなく、既存のものから学び、未来に繋いでいくという感覚。その先に自分や子どもたちがいるという感覚で私も事業をやっています」と語る林さんの言葉は、まさに地元学を体現しているようでした。

「地域が続く」とはどういうこと? 過疎にあえぐ地域の持続可能性

秋田国際教養大学で地域のサステナビリティを研究する工藤さんは、秋田県五城目町を例として紹介しました。五城目町は、秋田県のほぼ中央に位置する町です。海と山に囲まれた美しい地域ですが、この町には高齢化率が50%を超える深刻な過疎高齢化という課題があります。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、現在約8,400人の人口が2060年には2,300人まで減少するといわれており、行政は人口減に歯止めをかけるべく頭を悩ませています。

工藤さんは「地域が続く、とはどういうこと?」と問いかけます。「続く」という表現を、変わらないことではなく入れ替わりながらも本質的な状態や価値が変容しないことと改めて定義し、町の人口も川の水のように動的な存在で、地域とはそれらが流動するものの「あいだ」に存在しているのではないか、と指摘しました。

例えば、先行世代と次世代のあいだに存在するのが継承ですし、里山は人工と自然のあいだ、と捉えることができるでしょう。「『地域』をそこに暮らす人と往来する人のあいだに存在するものと考えれば、人は常に入れ替わり続けているので、あいだをダイナミックに捉えることが重要」と工藤さんは語りました。

2013年、五城目町に廃校を活用したシェアオフィス「BABAME BASE」が開業しました。デザイナー、ウェブ制作者、教育ベンチャー、出張理髪店など多様な職種が集うのが大きな特徴で、「自分もここで何かやってみたい」という人が地域外から流れ込む拠点になっています。開業して10年、BABAME BASEからは小さいながらも暮らしを楽しく豊かにする「企て」が日々生まれているといいます。

現在、秋田県はQ0と県内3大学の産官学連携で「ソウゾウの森会議」という活動を行っています。ここから自分らしい生き方を想像し、秋田という風土に根ざした暮らし方と働き方を創造する起業家が生まれ、五城目町はもちろん、秋田における人の流れを強く太くしていくことが期待されます。

人口減少によって「大事なもの」が見えてくる。これからの地域づくりに必要なものとは

後半は青山 春菜(株式会社Q0)がモデレーターとして加わり、登壇者のお二人のセッションをさらに深掘りしました。まず尋ねたのは、それぞれの地域で新たな活動に最初に協力・参加した人々の傾向について。どのような人が積極的に活動に加わったのでしょうか。

吉本さんの「あるものさがし」は、30〜40代の人を中心に声を掛け集まった総勢約260名の人々と行ったそうです。これは地元の人々が豊かな資源や価値を再認識することに繋がりましたが、その活動に新しい世代の若者が加わることはありませんでした。吉本さんは「得たものは大きかったが、意味を繋いでくれる人がいなかった」と振り返りました。

工藤さんは、BABAME BASE成功の鍵となったのは東京から来た3名の地域おこし協力隊に心を開いて協力した一部の地元の人々だったと回答。既存のコミュニティに新しい異質なものが入ってくると敬遠、拒絶されることも少なくありません。彼らが緩衝材となり、地域との交わり方を教えてくれたことにより地元にも受け入れられ、この10年で協力者はどんどん増えていると紹介しました。

お二人のセッションでは、外と比較する相対的な視点、俯瞰する視点について共通して語られていました。そういった視点の大切さに気づくために必要なものはあるのでしょうか。

吉本さんは、都市計画の事業に行き詰まった際、勉強のために世界10カ国の旅に出た経験を紹介。外に出て、街を見たり人と話したりするなかでたくさんの驚きや気づきを得たといいます。「人は自分で得た気づきからしか変わることはできない。私は、地元学を通じて気づきを得るきっかけを提供しているから『自分育てのお手伝い』なんです」と説明しました。

そのお話を受けて工藤さんも大きくうなずき、「慣れ親しんだ文化の中にどっぷり浸かっていると自由に考えられなくなるし、特殊な状況に置かれていることにも気づかなくなる」と吉本さんの回答に賛同。外に出て異なる考えを持つ人と出会うことで得られる気づきの重要性を強調しつつ、「ただそこで必ずしも自分を変える必要はないと思います」と補足しました。

最後に、お二人の今後の活動のビジョンを伺いました。

工藤さんは「次の10年は閉じていくプロセスの始まりだと思います」と回答しました。先祖代々受け継ぎながら暮らしてきた土地に「閉じる」という言葉を充てるのには誰しも抵抗があるでしょう。しかし、人口が減少の一途を辿る以上、今後は誰も住んでいない土地も必ず増えていきます。「部屋を整理すると本当に必要なものがわかるように、大事なものも見えてくるのでは」と工藤さんは語ります。そのような未来を踏まえ、「いかに流れの活動量を強く、太くしていくかが今後の課題」とこれからの10年を見据えました。

一方、今年で75歳を迎えるという吉本さんは、「今後は若い人に任せようと思っています」とニヤリ。それは老いのためだけでなく、次世代の目覚ましい成長もまた理由のようです。水俣・芦北地方では茶葉の生産が盛んで、特に近年は和紅茶への評価が高く「みなまた和紅茶四天王」と呼ばれるほどの人気を集めています。若い世代の活躍に注目しつつ、「私は彼らに期待したい」とエールを送りました。

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